「月光とピエロ」






月光とピエロ  関西学院グリークラブ
堀口大學作詞 清水脩作曲


「月光とピエロ」はマリー・ローランサンへのかなわぬ恋のうた詩である。
堀口大學の第1の詩集「月光とピエロ」に序した永井荷風は「君は何故におどけたるピエロの姿としめやかなる月の光とを借り来たりて其の吟懐を托し給へるや」と書いている。


その時荷風は大學のマリー・ローランサンへの悲恋は知るよしもない。もし知っていればその吟懐の由って来るところを書き記した筈である。


大正4年1月外交官である父親九萬一(くまいち)と共にマドリッドに赴いた大學は、当時すでに名声を博していた女流画家で詩人でもあるマリー・ローランサンと出会い交遊を深めていく。淡い恋が芽生えるが9歳年上で夫のある名流夫人であれば、もともとかなわぬ恋なのである。


23歳のこの身、この思いは所詮ピエロのようなもの。


この悲恋はやがて大正8年刊行の第1詩集「月光とピエロ」のポエムとなった。


ピエロは大學自身、コロンビイヌ、ピエレットはいずれもローランサンであろう。


「バリトン歌手 山本健二さんのHPより」




先日、


いざよいさんのブログを読み、若かりし頃歌った「月光とピエロ」を思い出しました。
まだ高校を出たばかりの私は地元の混声合唱団におりました。
その時歌ったのが「月光とピエロ」でした。
少々奥手気味の私はほんとの恋もまだ知らなくて。この歌もただがむしゃらに歌っていたような気がします。
もともと、男声合唱のために作られた歌です。
やはり、男声合唱で聞く方が素晴らしいと思います。




そいえば、今夜は「十三夜」
月が綺麗な頃は、マンションの陰に入ってしまって、我が家のベランダからは
月は見えません。


「十三夜」といえば
樋口一葉の短編小説がありますね。
明治の頃、まだまだ女は弱かった。
切ないお話でした。


秋の月


冬に向かってゆく季節
美しく、悲しいですね