海辺の町から

なんだかなぁ~ってため息の多い近頃です。
少し気晴らしが出来たらいいな。

お城と夜桜




とにかく今年は毎日お花見日和
ですので、毎日のように花見に出かけ、少々疲れ気味ではあります。


昨夕は小田原城のライトアップを見てきました。






いかがでしょうか?
カラー照明なので作られた感じになっちゃってますが
それでも、桜は美しいですね。


(*^▽^*)

母の帯




小町通りには春の日がふりそそぎ


しろく光るその道を歩いていると


古い着物を売っている店を見かけました


店先には


今でこそ アンティーク着物とか言って


若い人たちに流行っているようですが


とても古い柄の着物や帯が並んでいました


手にとって見た帯は


とても華やかな花の模様の帯でしたが


生地などはとても柔らかくて


日常着物を着ていたその時代が偲ばれる物でした




ふと


母の 帯を思い出しました


オレンジ色の濃淡の鹿の子模様の帯


まだ 私が生まれた家の頃の記憶ですから


母も まだ30歳を出たばかりだったのでしょう


春の朧のようなその記憶のかなたで


すらりとした母はとても綺麗で


何処かへ出かけるしたくをしていたのかどうか


私はその帯を締める母を


憧れのような気持ちで見ていたような気がします




それから何年もたった頃


やはり ふとその帯を思い出して聞いたことがあります


そういえば


あの 鹿の子模様の帯  どうしたの?



母は悲しそうでした


あの帯は父に買ってもらった大事な帯だったけど


お米に変わっちゃったの・・・と



私の大好きだった帯


いつかは 自分も締められるのかと


決めていた・・そんな帯



知らないこととはいえ


自分の胃袋に納まってしまっていたなんて・・





真昼の小町通は


人が賑やかに往来していましたが


時間が止まったかのようでした


皇居東御苑


今月の散策会は一般公開の東御苑でした。


天気は上々☀
でもわんさかわんさかの人の波
間を縫って歩くのも一苦労でした。


皇居というより
歴史的遺産の江戸城といった方がぴったりくる感じです。


見慣れた風景だけどおつきあいくださいね^^


まずは入り口 大手門


百人番所 警護の武士たちの詰所ですね


大奥のあったところ 権勢と虚勢 女の涙・・でしょうか


二重橋 東京だよおっかさん・・古いね(*‘∀‘)



千鳥ヶ淵 


ワオ! さすが千鳥ヶ淵 花か、人か


おまけは のんびり鴛鴦です


暑さと疲れで喉はカラカラ


お仲間と楽しい打ち上げ・・これが無きゃね( ´艸`)


東京から私の町まで約1時間
電車に乗ったとたんスヤスヤ・・・・降り間違えもせず無事に帰宅しました。




新橋で飲もう



「今度の土曜日 新橋で飲まない?」


メールが来たのが日曜日


新橋懐かしいな~~


「行きます。待ち合わせの場所と時間を教えてください」
と返事して・・・


待てど暮らせど来ぬメール🎵


業を煮やして昨日メールした。
「土曜日は、ありですか? 連絡ください」


返信
「ごめんなさい。バタバタしていかれません」


誘っておいて、なんでしょ!
早めに連絡くださいよ
私だって都合があるし~~~~~~~~(; ・`д・´)


これならお花見の誘い断らなきゃ良かった


春なのに~~~ 春なのに~~♪


(新橋駅ガード下、ちょっと古い)




劣等感と優越感




こどもの頃 我が家はとても貧乏でした。
父は公務員でしたから、暮らせないわけではなかったと思うのですが
こどもが5人
あとからひとり増えて6人
やはり多すぎたのでしょうか。


両親の関心は上の三人までで、
教育熱心なのもそこまででした。
4番目の私は あんこのはみ出しのようなもの、
妹は美少女でしたから、それだけで親を喜ばせておりましたのに、
私ときたら南洋じゃ美人と親が言うような子でしたから。。


そのうえ、あなたは手がかからない、心配することがない。
母に言われて泣きたい気持になったのを今でも覚えています。
私だって、手をかけてもらいたい。
授業参観だって来て欲しい。
成績説明会になんで兄をよこすの?


とにかく貧乏は嫌でした。
学校に払うものがいつも遅れて
そのたびに呼び出されたり、怒られたり・・
私のせいではないのに・・。


結婚した時 子供にはこんな思いはさせたくないって心から思いました。
贅沢させたいわけではありません。
子供の希望が 最初から挫折するようなこと。
お金のせいで出来ないと言いたくないと思ったのです。


でも、不思議なのはそんな生活でしたのに、
お金に関してはかなりの劣等感がありましたが、
なぜかわけのわからない優越感を持ち続けていたことです。
親の教育のせいなのかどうか、
いいにつけ悪いにつけ、
劣等感で崩れてしまわないために、
自然と身に付けたものだったのかもしれません。


長いこと生きてきました。
いろんなことがありました。
劣等感も優越感も だいぶ薄くなってきました。
結局 どちらもたいしたことではな無かったのにね。


なんだか 侘しい話でごめんなさい


春の宵
人生の様々な出会いと別れ
しんみりと思い出しましょう


ちょっと酔い気味ですけどね


(金目川の桜 ちょっと以前のものです)